これでいいのだ!

 これでいいのだで
あの
パパをおもいだす人は多いだろう
この
台詞の悪用とまではいかないが
なんとも
気持ちの悪い使い方をしている
CMが結構前から流れている。
あれは
なんなんだろう?
なんか
つらい事があったとき
赤塚不二夫さんの言葉を思い出してみよう
とか
いうんだな
それが
んんん???
といったかんじだ
これでいいのだ!
そんな意味があったのだろうか
それに
しゃべり方と声が
なんか
いやなんだな
それが
誰だか書いてないんだけどさ
とにかく
つらさを
のりきれることばじゃないと
私は
おもうのだが。
もう
ギャグとしてぶっ飛んでいる
赤塚先生ではなく
美化されてしまったのかもしれない
とにかく
おかしい
ハチャメチャな
感じな
はず
だったのに
先生の他界により
その濃度は
薄められてしまったのだろうか?
これでいいのだ

使い方としてまちがっちゃ
いないのか
それを
問いたい。
最近では
マイケルなんかも
そうじゃないのか?
私はマイケルの活躍をほぼ知らない
曲を何曲かみみにしたことが
あるていどであり
昨日も例に挙げた
ワンナイでやっていた
ゴリケルジャクソンの真実
といううパロディコントなんかを
笑っていたような人間だ
亡くなる直前も
ラジオでマイケルの武勇伝のようなもの

笑って聴いていて
歌手であるという認識はうすかった
何年振りかにライブをやるよ
という
ニュースをテレビで見た時
発表の会場で小太りのおっさんがぶりっ子みたいに手をやって
きゃーきゃー
とほえている
のを
みて
おもわず
わらったのも思い出す。
そのひと

ぜひみてほしい
それは
おいといて
突然
みんな
CDかってDVDかって
うーん??
まあ
しぬまえに
気づけなかったのかな?
あの会見の後にすぐ売れたなら
納得なんだ

といううわけで
死というものは
人を
美しくするのである。